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「すべての法律に関する何らかの法律」は制定できるか

話の発端は結城浩さん
(最近だと「数学ガール」の著者で有名だけど
 私個人的にはperl本の著者として知ったし
 某所でメッセージのやりとりをしたこともある。)のtwitterでの
「「すべての法律に関する何らかの法律」は制定できるか。もしできるならパラドックスの匂いが。」
というところから。

抽象度を一段落とすとこんな感じ
「A1,A2,A3……Anという国会制定法が既に存在して効力を有している時に
 それら全部に適用されて,かつ,X自身にも適用される国会制定法Xは制定できるか?
 制定できた場合,そこにパラドックスは発生しないか?」
ちなみに今回は
結城さんのフィールド(の1つ)が数学であることに鑑みて
数学に寄せて考えてほしいわけだ。
……だからこの時点で「国会制定法はえてして相互に矛盾かかえているから」という現実を語るのはアウトよ。
  むしろ「X制定前の国会制定法は相互に無矛盾」という前提でいい。

言い換えれば「自己言及によってパラドックスが発生する場合」なわけだ。

これ,「制定できるか?」と言われれば「制定できる」と答えざるを得ないし
「そこにパラドックスが発生しないか」と言われれば
「法の矛盾が発生した場合の3つの不文法によってパラドックスは解消される」と
答えることになると思うんですよ。
3つの不文法とは
・上位法は下位法に優先する
・特別法は一般法に優先する
・後法は前法に優先する
(よし,自著の宣伝だ!持っている人は「国際法からはじめよう」p54をよく読め!
 持ってない人は本屋に注文だ!!
 あそことあそこの本屋では店頭にまだあるはずだ!!!(笑))
その結果,国会制定法Xもしくはその中のある特定の条項が
その他の既存の国会制定法(及びXのそれ以外の条項)との関係で
この3つのどれかにあたってしまい
効力関係が決まってパラドックス自体は解消されるんです。

ただし!
この説明よく読むと
「自己言及して矛盾するなら自己言及しないことで読み取ろう」
という解釈(技法)が使われているのに気付くはず。
言い換えると
「X自身にも適用される国会制定法X」であったはずなのに
実はXなり当該条項について除外することで
「X自身にも適用される国会制定法X」ではなくなっているんだよね。
そうすると問題を変型して
「「すべての法律に関する何らかの法律」で,
 解釈によってはパラドックスの発生を阻止できない法律を制定することはできるか?」
にしないといけないだろうし
解釈の目標が矛盾の阻止にある以上
「たいていは解釈でなんとかなっちゃう。」
「それをなんとかするのが法解釈学の仕事だよね。」
って現実の世界に引き戻されちゃうわけさ。
……解釈ってこれは法の世界だもんなあ。

で,ここまでは,どちらかというと結城さんの領域。
それにとどまっていたんではおもしろさ半減。
「おまえ,国際法が専門で,しかも最近は,大陸法と英米法と国際法の比較が主戦場じゃねえか。
 実例の1つも出せねえのか。」
言われたらまさにごもっともなので
今度は法解釈学に寄せた話をしてみたい。

実は私の記憶の及ぶ限り
「自己言及もしていて全ての法律に影響する法律」というのは日本法では思いつかない。
「全て」を「相当広範囲」とするとなくもない。
その最たるものはまず日本国憲法98条1項。
日本国憲法が施行されたことでその時点(1947年5月3日)現在で有効だった法令のうち
憲法に違反するものは無効とされたわけ。
そうすると,一応形式的には
「日本国憲法98条1項は1947年5月3日現在有効でしょ。」
ってなりそうだけど……。
98条1項は自己言及を当然のように避けているのよ。
「法律,命令,詔勅及び国務に関するその他の行為の全部または一部」
に憲法は入ってないっしょ?
実際憲法は入らないって字面通り読めばいいことになっている。

第2次世界大戦敗戦→日本国憲法制定の関連では
結構広範囲に適用される法律が作られていて
これはえてして
「ポツダム宣言受諾によって矛盾が生ずる法令を一括して改廃する」
「日本国憲法施行によって矛盾が生ずる法律を一括して改廃する」
(あたし個人的には「概括的失効」って呼んではいるんだけど。)
パターンなんですよ。
「日本国憲法の施行に伴う民法の応急的措置に関する法律」
は,日本国憲法の人権規定に合わない民法その他の法律の規定を
一括して改正,廃止しました。
「日本国憲法施行の際現に効力を有する勅令の規定の効力等に関する政令」
は,勅令について政令として扱うことにし,
命令の文言中の「勅令」は「法律または政令」に読み替えることにしました。
概括的なものは他にもあるんだけど
やはり注意深く自己言及を避けているんですよ。
(さすが法制局!)
あと一時期は刑罰規定の罰金の条項が
制定時の経済状況を反映してとんでもない安い金額になっていたのに
個別の法令を改廃するのは面倒だというので
「罰金等臨時措置法」で一括して読み替えていたんだよね。
「金額を100倍しろ」とか。
この時も罰金等臨時措置法自体では刑罰規定を設けなかったから
自己言及はしないでいる。
だから実例はないのさ。

で,おそらくその必要性もない。
罰金等臨時措置法の適用範囲が今は大分縮小されたんだけど
それはなぜかというと
最近の日本の国会制定法は,基本的に
「改廃の関係,効力関係を,先の3つの不文法によらず処理できるようにするため
 できるだけ条文に明記しよう。」
って姿勢だからなんですよ。
だから刑法の大改正があった時に
罰金等臨時措置法の対象から外して刑法中に明記することにした次第。
そうすると「全ての法律」を対象にする法律の必要性がない。
仮に必要だったとしても,自己言及しなきゃいい……という話になるのさ。

それともう1つには「そもそも改正法の効果は?」って話がからんでくる。
たとえば……
平成25年法律第1号で
第1条 AについてはBとする。
第2条 CはAとみなす。
なんて法律を定めたとしようか。
その後平成26年法律第3号で
第1条 平成25年法律第1号を次のとおり改める。
 第2条「CはAとみなす」とあるのを「CはAと推定する」に。
という改正法を定めたとしよう。
※ちなみに日本の場合,法律の改正は,このように
「従前の法律をこのように変える」という内容の法律を新たに制定する約束です。

そうするとね……。
それ以後,実務家は,平成25年法律第1号を
「第1条 AについてはBとする。
 第2条 CはAと推定する。」
と書き換えられたとして扱うんですよ。
実際六法にもそのように記載されるわけ。
平成26年法律第3号は必要がなければもはや記載しない。

これの究極の形は「ある法律を廃止する法律」
平成27年法律第13号で
「第1条 平成25年法律第1号は,廃止する。」
なんて定めちゃった場合ね。
実務家はまず平成25年法律第1号は廃止されたと認識する。
次に平成26年法律第3号も当然に失効したと認識する。
そして……平成27年法律第13号についても,
平成25年法律第1号の廃止の効力が発生した後は
平成27年法律第13号自身の効力を議論しないという約束なんだよね。
だから六法には,どの法律も記載されないことになる次第。

さあここで問題。
純粋にパズル。
……だって実際に制定されたら違憲無効が出ちゃうもん。間違いなく。
平成30年法律第1号
「第1条 この法が施行された時に効力を有する全ての法律は,廃止する。」
が施行されたとしよう。
平成30年法律第1号の効力は?

これは数学寄りの立場から見ればパラドックスって言えそうだけど
法解釈学の立場では矛盾なく素直に解釈できちゃうのです。
(自身の効力は議論しないという約束だから。)

まあこんなもんで……。

余談。
結城さんは「不文法も法なんですか」って書いていたけど
不文法も法なんです。
そこで宣伝。(笑)
「書かれたものが法だとは限らない」が気になるあなた。
国際法からはじめよう」p190を読みましょう。
持ってない人は……(以下略)

余談2
成文法の国にしか通用しない議論には
個人的に興味がない……。
(参照 「それは「法の支配」じゃないと思う」)
……わからないならわからないでいい。(by嘉穂)


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