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考え込んでしまうようでは甘い

渡辺雅昭「司法改革とメディアの責任」朝日新聞の社説余滴
少々長いけど冒頭部分をまんま引用する。

 新聞やテレビでしばしばこんな決まり文句を見かける。
 警察や検察が捜査にのりだすと「真相を徹底解明せよ」と背中をおす。
 犯行に至る動機やいきさつがはっきりしないときは,「闇が残った」ともどかしさをぶつける。
 だが,自白の強要などゆきすぎた捜査は「絶対に許されない」。
 無罪判決がでたら当局に「猛省を促す」一方で,
 有罪立99%の日本の刑事裁判は「異常だ」と批判する。
 そして,判決が誤ることは「あってはならない」—–。
 その一角に,私もいる。
 局面,局面ではもっともな指摘にみえる。
 しかしこう並べてみると,さて自分は,社会は,捜査や裁判に何を求めているのか,
 求めるべきなのか,
 考え込んでしまう。

問題意識をもってもらえるのは遅すぎる感もあるけど評価はしたい。
実際この後でこの状態が続くことは司法と市民(及びマスコミ)にとって不幸だとしているんで
問題意識は正しいと思うのだ。
……マスコミが市民にとって不信と批判の連鎖におちいることについて明言していないのは
  もう諦めちゃっているのかしらん?とは思ったけど……。

ただ……。
正直これで考え込む時点で勉強不足だと思うのだ。

その最大の誤りは
「真相を徹底解明せよ」と司法や捜査当局に迫ることであり
たいていはできないんだけどそのことで「闇が残った」と評価する点なのです。
裁判手続や裁判で有罪を得るために証拠を集めるの手続で
「真相を徹底解明」できるわけがないしする必要もない。
すごく刺激的な言い方をすれば
「裁判で真実などわかるわけがない」
のです。

だってさ~。
スポーツの世界を見れば一目瞭然でしょう?
その場にいる審判ですら何が起こったか判断できない場合があるやん。
裁判官はたいていは犯行現場にいない。
……この時点で真実なんかわかるわけないやん。

「そうはいっても証拠があれば過去に何かあったかわかるでしょう」
って反論はあると思う。
でも……それ本当にわかったの?
「私が実体験したんです。その実体験を否定するんですか?」
っていうならまだわからないでもないけど
(もっともその実体験が実は幻覚だってこともあるし,嘘を言っている場合もあるんだが,それは別論。)
結局は「AならBだ,そしてBでなければAではない」という法則の存在を信じて
Bの存在からAの存在を推測するという話のはずだよね。
そうするとその法則がどのくらい正しいのかという点を切り離して考えちゃいけないはずだし
現実に使われる法則には
「AならBだとは言えるけどBでなければAではないとは言い難い」
類の法則が相当あるのだし
加えて「AならBだと言える」のも確率的に高低があるよね。

なもんで
「裁判官が犯行現場にタイムマシンか何かで行って,自ら見聞きした。」
というのでもない限り
裁判で真実なんかわかるわけがない。原理的に無理。

※先進国における刑事訴訟にはこのことに加えて
 「無実の者を処罰することは絶対にあってはならない」という思想の下で
 いろんな制度をもうけているから
 いよいよ真実などわからない。

原理的に無理なものを求めること
それが得られないこと
この時点で「誤り」なんです。
……考え込む余地ないやん。

無罪判決自体に当局に「猛省を促」しておきながら
有罪率99%を「異常だ」というのは完全に矛盾なわけだから
これまた考え込んでいる場合ではない。
……ちなみに「真実がわかることなど原理的に無理」ならば
  有罪率99%というのが異常なのは自明で
  無罪判決を得た当局に猛省を促すのが誤り。

「判決が誤ることはあってはならない」というけど
何をもって判決が誤ったとしているの?
実はこれが全く整理できていない。
裁判手続中に法令違反の行為があってそれを見逃したというのであればそれは確かに誤りだし
あってはならないことだ。
また一定の資質があれば誰でもが同じ判断をする時に
独自の見解にたって独自の判断をするようであれば
これまた「判決の誤り」と言っていい。
(ちなみにこれは程度によって弾劾裁判だったり心身の故障を理由とする職務停止の裁判の問題だな。)
……この調子で「判決の誤り」を定義してみそ。
  たぶん定義できないから。

となると,上記引用部分って
実は考え込む話じゃないんだよね。
何が間違いかはっきりしている話。
そして考え込むべきは
「にもかかわらず裁判で真実がわかる」と思い込んで記事を書いているマスコミに対し
どうすればその思い込みを解くことができるのか
その具体的な方策なのです。
……自分たちの思い込みを解くこともできずに
  市民に情報を提供できると思うのは,
  さすがにそれはどうかと思うど……。


  1. 例の釧路のパトカーよじ登り事件なんかそんな感じがしますよね。

    Comment by 佐藤泰範 — 2013年9月1日22時20分


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