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地域通貨

Q「被災地復興のため被災地だけで通用する地域通貨を発行したらどうだろうか」
……何人か答えているけどおおむね否定的で,質問者若干いらだち気味。
ただ……お金というものが当たり前すぎているけど実は当たり前じゃないんだよということを考えるには
とてもいいネタだと思ったので取り上げてみる。
……「当たり前のことが当たり前でないことを学ぶ」のは国際法の真骨頂だな。

さて……
いわゆるお金の根拠は「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」。
ところがこの法律ではいわゆる通貨の強制通用力についての明文の規定はない。
とはいえ7条で「貨幣は、額面価格の20倍までを限り、法貨として通用する。」という規定があり,
いわゆる硬貨(通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律4条による貨幣)は
同一額面20枚まで強制通用力があると言えるし,
いわゆる紙幣(同法2条3項,日本銀行法46条1項による日本銀行券)については
日本銀行法46条2項で無制限に法貨として通用するという規定で強制通用力があることとなる。

強制通用力についてもう少し突っ込んで考えると
例えば物を売り買いして代金を支払う義務が発生したとするわな。
例えば「国際法からはじめよう」を2100円で買うことに本屋とある消費者が合意したとしよう。
その消費者には本と引き換えに2100円を支払う義務が発生する。
その消費者が2100円を支払う義務をはたすためには
2100円分の法貨を本屋に渡せばよいわけだ。
例えば1000円の日本銀行券2枚と100円の貨幣1枚を差し出す。
普通は強制通用力なんて意識しないから(偽札偽金と疑いでもしない限りは)普通受け取るだろうけど
そこで「これでは受け取れない」と断ることができるだろうかって議論をする。
答から書いちゃうと
「これでは受け取れない」と断ると
これは民法でいう受領遅滞となって
本屋の側にいろんな民法上もしくは商法上の責任が発生しちゃうのさ。
一方例えばおもちゃ屋で売っている「子供銀行」的なおもちゃのお金を差し出したって
これは当然貨幣でも日本銀行券でもないんだから法貨としては通用しない,
2100円を支払おうとしたとも評価されない(=弁済の提供がない)ことになる。
また100円の貨幣21枚を出した場合も同様。
法貨として通用するのは20倍までだから「2000円を支払おうとした」にすぎず
「100円不足しているから受け取れません」と断ってよい。
これが強制通用力の正体。
気をつけなければいけないのは,違反に対し刑罰を科すことで抑止しようってことではない点。
また当事者がいいと言えば20倍を超える貨幣を受け取ってもいいし
子供銀行的おもちゃのお金でもいいわけさ。
そのことだけで国家が介入するつもりはさらさらない……と。

ただし国家が介入してくる場合はいくつかある。
1つはいわゆる偽札偽金の類。
これは刑法148条の通貨偽造(変造)罪・偽造(変造)通貨行使罪で
無期懲役または3年以上20年以下の懲役という刑法の中では重い方の罪に問われるわけだ。
2つ目は偽札偽金とまでは言わないし,通貨として行使する目的のないもの
これは通貨及び証券模造取締法によって1か月以上3年以下の懲役もしくは1万円以上2万円以下の罰金となる。

そこで地域通貨だ。
地域通貨を「特定の地域でだけ使えるお金」くらいだという理解がある。
「特定の地域でしか使えないお金」ということ自体は間違いないんだけど
それだけでは地域通貨とは言わないんだよね。
地域通貨というのは常にいわゆる「街つくり」運動と直結している。
昔は人や物やお金の動きが今ほど広範囲じゃなかった。
その地域で働きその地域で収入を得てその地域で消費する。
お金のほとんどがその地域内で循環していたわけだ。
ところが経済の発展や広域移動が可能になったことにともない
その循環が行われなくなった。
働く場所と消費する場所が分離するようになると同時に
事業を行う側も地域とは切り離されて大都市に本拠をもつ会社が
収益だけあげて地域に還元しないなんてことが起こるようになる。
そのことで地域でお金が循環しなくなり
地方においてはお金が地方から流出する一方で
地方が疲弊していく……。
これを断ち切るために
その地域でしか使えない「何か」を発行し
それを循環させることで
その地域の経済を再生しようという試みの下に発行される「何か」が
「地域通貨」なわけだ。

ここまで書くと単純な「商品券」の類では語れないこともよくわかると思う。
商品券とは基本的には物やサービスの対価として支払に代えて使用されるもので
その部分だけ見ると地域通貨と変わらないんだけど
商品券を受け取った人は基本的には商品券発行者にその商品券を交付して通貨を受け取るんです。
その商品券を同じ地域内の別の人にお金として使うことは想定していないんです。
当然地域内での循環なんて考えてない。
地域振興券だとか定額給付金をあてこんだ商品券だとか
もしくは50円で1枚くれるスタンプだとかポイントサービスというのもこの類だね。
実を言うとシステムが崩壊した地域通貨の多くは
商品券と実質変わらないという共通点があるというのが私の認識。

さてこの地域通貨の法的性質を考えてみよう。
まず,たとえ特定地域に限定されるとしても,日本国内で通貨だとするためには
その根拠条文が必要になるから
現行法による限り通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律5条2項による記念貨幣
(いわゆる記念コインだ)だとして発行するか
日本銀行法47条1項によって新規の日本銀行券だとして発行しないといけないことになる。
(ちなみに記念紙幣に相当する規定はない。2000円札は記念紙幣ではない。)
そして特定地域に限定される法貨なんて概念は従前は存在しない以上
その概念を表す規定を別途作らなければならず……。
まあ大変だわな。

そうすると「地域通貨は法的には通貨ではない」という線で行くしかない。
仮に失敗承知で商品券だとしてとらえれば
資金決済に関する法律3条1項の「前払式支払手段」に該当しちゃうんで
まあいろんな法規制がかかってしまうわけだ。
なにせ法整備ができる前は
「とりあえず資金集めて結局破綻して痛い目見るのは消費者」ってことが結構あったから
やはりうるさいことは言わざるを得ない。
特に大事なのは「発行残高の何%かは担保として積んでおけ」という点。
ちなみに余談だけど最近多くの商品券が一定期間の後無効になっているんだけど
これは発行会社の方で担保として積んでおかなければならず
仮に死蔵されてしまうと資金がその分固定されてしまって
身動きがとれなくなってしまっていたため
発行会社を清算してしまう代わりに無効にすることを許そうってことにしたことから。
「券を発行して使われなかったらまる得じゃん」
なんて簡単な話ではないことに要注意。

で,商品券ではなく,本来の地域通貨だとすれば……
これは結構危ない線だったりする。
というのは「紙幣類似証券取締法」という法律があって
通貨的な作用をする紙については財務大臣が発行と流通を禁止でき
その後の違反については1か月以上1年以下の懲役か1万円以上2万円以下の罰金となる。
アメリカあたりだと
「何かに価値をつけること,その価値を表現することは,憲法の保障した自由であり,
 地域通貨を処罰の対象にすることは表現の自由の侵害になる」
なんて理論が対抗的に主張されているんだけど
さすがに日本ではそこまでラジカルなことを言うのは少数派で
「この地域通貨はこういう規定にはこの点で該当しないものですよ」
というあたりを狙ってやっている次第。
たいていは一種の会員組織的に合意を得た人・組織だけでやることにしている。

地域通貨をめぐる法律的な状況ってざっとこんな話なんだよね。

で,以下は余談。
私個人はもともと質問者が言っているものを「地域通貨」と称することには
すごい疑問をもっているのさ。
というのは上で述べたとおり地域通貨は
「地域経済のために地域内で循環する」ことが大前提となっているし
この大前提が崩れたものはたいてい制度自体崩壊していると言っていい。
ところが質問者はむしろその地域通貨を
地域外の人が持つことを想定しているし
しかも使われなければいわゆる発行差益を被災地のために使えるとしているわけ。
これは地域通貨と言ってはいけないし
地域通貨のために奔走している人が「誤解だ!」って声あげるレベルだと思うなあ。
……怒る人がいても不思議じゃない。

あと,これは他の回答者が指摘しているとおり
コストパーフォーマンスが悪すぎ。
地域通貨を作成するコストがかかるわけだけど
このコストには偽造防止技術が必要なわけで
これはコストアップ要因。
ことに通貨や流通性の高い証券について言うと
額面との発行差額が大きいことで
偽造物の作成コストに万が一処罰された時のコストを加えてもなお
リターンが大きいって場合が出てくるし
これに「流通性が高いほどリターンも大きい」ってことを加えると
「額面が少額だから大丈夫」なんてことはとても言えないわけ。
(アメリカドルは偽札が多いけど,もし1ドル札の偽造が一番多ければ,
 流通性が高いほどリターンも大きいことの傍証になる。)
偽造されないのは額面より素材の価値の方が大きい
地金型金貨(たとえばメイプルリーフ金貨とかウィーン金貨。額面より金としての価値の方が格段に大きい。)くらいなもの。
いったいに硬貨はコストが大きい一方で額面が小さいから偽造されにくい方だけど
それでも韓国の硬貨に細工して自動販売機に500円玉と思わせる手法が行われ
結局500円硬貨の材質変更にいたったという事件があったくらい。

事件といえば天皇在位60年記念金貨(金20g)も事件
発行前は人気が高くて抽選にしたんだけど
いざ発行してみるとうってかわって大量の引き換え残が発生してしまい
あわてて発行枚数を大幅に絞ったんだけど
コイン商が売れる見込みがないと買い取りを拒否したなんてことも起き
「発行差益(おおざっぱに言えば金価格が1g5000円でとんとん,それより安ければその分利益)
 あわよくば死蔵されることで10万円まるごど臨時収入を」
なんて目論んだ大蔵省のあてが外れた上に
大量の偽造コインが発生してしまったってこともありました。
……四半世紀たった今でも相場としては買取価格は額面どおり。

それに強制通用力を実効ならしめるために
紙幣や硬貨のデザイン変更や新規発行に際しては
「これはお金ですよ」
って大々的な宣伝活動が行われ
周知徹底が図られる。
これもコスト。

そして怖いのがやはりインフレ。
通貨の発行量が増大するわけだから慎重にならざるを得ない。
政府紙幣の発行や国債の日本銀行引受による通貨流通量の増大・財源の確保を主張する向きもあるけど
それを主張する人だって
インフレになんてならないから安心してなんて言う人はまずいない。
きちんと管理しなければ大変なことになるという点では異論はまずないのです。
これは過去の歴史から経済学を通じて学んだことだよね。
単純に考えたって「物」に対して「通貨」が増加すれば,当然通貨の価値は下がるわけで,
同じ物を入手するより多い通貨を用意しなければならなくなるのは理の当然。
でも今にしてみれば小学生・中学生でもわかることを
過去の人は実行して
そしてある意味必然的に貨幣価値の低下→インフレを引き起こしている。
日本だと江戸時代の小判の改鋳(金含有量を少なくし発行枚数を増やした)がそうだし
迷惑をかけた側としては占領地における軍票の発行もそう。
世界に目を向けると……(以下略)
だからこそ「金本位制」→金との交換を無条件に認めることで保有する金以上の通貨の発行を抑止する制度が生まれるわけで……。

なんてつらつら考えると
「利益が全部被災地のために使われる商品を開発して売る」ってことじゃなぜだめなんだろう……って思うのさ。
どうして「地域通貨」みたいな属性をつけるかな?って。
「あれもこれも」と欲張ると結局どちらも得られないって
なんか教訓めいた話になってしまうのでした。


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